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DeNA筒香「球界の変わらない体質」とは、「道」か「スポーツ」か、はたまた「興行」なのかを明確にできない日本野球の姿勢

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DeNA筒香嘉智が日本野球の為にモノ申す 

 「今から僕が、お話させていただくことは、野球界、子供たちのために、僕が日ごろから疑問に思っていることです。野球人口が凄く減っていると言われます。原因はいろいろ挙げられています。少子化も原因だと言われていますが、それよりも速いスピードで野球人口が減っているのが現状です。その対策として、各地で野球教室や体験会を開かれているのを見聞きしていますが、野球人口がなぜ減っているのかをもっと掘り下げて、野球関係者も考えないといけないと思います。世の中が凄いスピードで変化している中で、野球界は昔と変わっていません。かなり多くのものが昔のままです。子供たちのためにと考えてみた時に最初に気がつくのが『勝利至上主義』です。

高校野球に問題あり

大相撲同様に...

日本のこころが破壊され続けている。欧米の論理、価値観に破壊され続けている。それは、今まででは考えられないスピードで破壊され続けている。

前述の『勝利至上主義』とは、「スポーツ」の価値観であり、結果こそ最高の価値であるとするもの。

高校野球は学生スポーツ

もちろんプロなら最低限理解もするが、子どもたちや学生スポーツを『勝利至上主義』で判断するなら、やはり間違えている。筒香同様に自分もそう理解している。

高校野球とは学生スポーツなのだから、『勝利至上主義』ではいけない。勝ち負け以前に、教育の一環であってこそで、それは、「結果」より「過程」を重視する事でもある。

つまり「道」の事である

「道」とは神道、または武士道の徳目を重視してこそで、勝つためには手段を選ばないと言った、勝利至上主義など、日本的ではない価値観である。

某カヌー選手の禁止薬物混入で問題となったが、欧米の論理、価値観で判断するなら行為自体の悪質さ度合いほど、重要なことでもなく問題とならないようだ。

が、武士道由来の価値観なら、二言をしてまで人を裏切り、卑怯をしてまで勝とうとする行為とは、ハラキリとなる。

カヌー薬物混入:鈴木選手が謝罪文 妨害4人とは示談成立 - 毎日新聞

武士道とは ~日本におけるノブレスオブリージュ~

take0606.jp

武士道の徳目とは...
「武士道」とは「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義」からなる道徳である。

「義」...人間としての正しき道、正義を指すもので、武士道のもっとも厳しい徳目である。「フェアプレイ精神」
「勇」...義を貫くための勇気のこと。犬死はならぬが、正義の為なら、命も惜しまず。
「仁」...人としての思いやりと他者への憐れみの心。「惻隠の情」であり弱き者を、いたわり思いやる心。
「礼」...仁の精神を育て、他者の気持ちを尊重し、そこから生まれる謙虚さ。つまり礼のことで、「礼儀作法」の根源。
「誠」...文字通り、言ったことを成すこと。嘘や誤魔化しを嫌い「武士に二言はない」という言葉は武士道の徳目である。
「名誉」...自分に恥じない高潔な生き方を追求し、そして守ること。つまり、恥を知ることにより、己自身の立ち振る舞いを正される。如何に美しく死ぬかを追求する事は同時に生きる事も追及する事になり、そして、その命とは何のためなのか、と言う哲学にたどり着く。
「忠義」...なんのために生きるのか、それを表すもの。己の正義に値するものであるなら、絶対的な従順を示す。しかし、奴隷にはならず、己の命をかけて主君に意見する事でもある。

 「道」か「スポーツ」か、はたまた「興行」か

take0606.jp

高校野球だけでなく、日本の学生スポーツ全体の問題ではないのかといえる。本来の「スポーツ」の意味するところからかけ離れていて、「気分転換」や「楽しみ」「遊ぶ」などどこにも無い。
もちろん、競技として野球に打ち込むわけで、「気分転換」や「楽しみ」「遊ぶ」だけでは通用しない。多少、と言うか相当無理をしなければ、甲子園には出場できない。当然、精神論が介在する余地を与える。
女子マネージャーが所属する高校の監督に対する批判として「マネージャーに3.5キロ走らせたのが原因。 そして「AEDは使わなくてもいい」などと言ったのも原因」という話も理解する。
が、学生スポーツには「精神論」がまかり通る下地がある。それが「武士道」由来の「道」であり、この「道」があるからこそ「精神論」が介在する可能性が出てきてしまう。
良いとこ取りしようとするから...

大相撲と同様の話でもあるが、結局、「道」と「スポーツ」と「興行」の良いとこ取りをし続けてきた、高野連といわゆるリベラルメデイアの御都合主義の姿勢に問題があるように思う。

「道」とは「過程」の価値観

「スポーツ」とは「結果」重視

「興行」とは「利益」重視

...と、相容れるはずも無く、出鱈目な事を2018年まで続けてきてしまったが、そろそろ限界と自分もそう見ている。

ベースボールを「神道」で権威付けたいのか

gendai.ismedia.jp

2016年の夏、高校野球大会の甲子園での公式練習で、女子マネージャーがグラウンドから排除される、というニュースがあった。(中略)

表面的な問題点は「高校野球は、頑として女性を受け入れていない」というところにある。

おそらく、そこに明確な理由はない。

大会運営側は、「参加者は男子に規定している」から、と説明している。そのあと「体力差のある女子がケガを負う可能性のある状況を作りたくない」とのコメントがついてくる。あまり納得できる説明ではない。おそらく「若いオスより若いメスの身を守ったほうがいいでしょう」というコメントで同意を得ようとして、失敗しただけだろう。何の説明にもなっていない。

(中略)

女子マネージャーをグラウンドに入れたほうの心持ちも、よくわからない。

「ご褒美として入れてあげたかった」と監督は言っているが、それはおそらく女子マネージャーを抱えるすべてのチーム責任者がおもっていることである。なぜ、あなたたちだけが敢えてそこに踏み込んだのか。その説明にはなっていない。

球児に問題は無い。ただ... 

理屈をこねくり回し、間抜けな事を続けている。もう、高校野球も限界のように思う。

もちろん、これは球児に問題があるわけでもなく、彼らを貶めるために言うつもりもない。球児を取り巻く大人が間抜けだと言いたいだけだ。 

結局、どうありたいのか?

高野連も女性厳禁。神聖なる「野球道」を貫きたいのか、それとも、中途半端に「男女同権」的な、いわゆるリベラル発想的なモノを取り込みたいのか...

ただ、これですら、女子マネージャーを加える事で、女性ファン層にも高校野球を訴求しようとする「経済」最優先の「興行」発想が高野連にもあり、また同様にリベラルメデイアにも都合が良いと言った考えが見え隠れする事から、保守層からも、いわゆるリベラル層からも、整合性を問われる結果となっている様に思う。

どうありたいのか?高校野球は「スポーツ」とするか、それとも「野球道」なのか。高野連に判断が迫られている様にも思うし、筒香も問うているように思う。