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“暗黒時代”の忸怩たる思いを秘め、より強くあろうとする事 |暗黒横浜の象徴とも言える村田修一とともに優勝を遂げてこそ「継承と革新」がかたちになる

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http://number.bunshun.jp/articles/-/827958

“暗黒時代”の忸怩たる思いを秘め、より強くあろうとする事

「継承と革新」とは、受け継いでいくべき伝統文化と、その伝統文化を時代に即していくよう、新しくかたちを変えていくと言ったところか。

 それは、TBSベイスターズからDeNAベイスターズへの変化を横浜の心をもって成していこうという覚悟のあらわれ、とも言えるかもしれない。

 

横浜の心を秘めつつ、強く前へ 

 過去は無かったことにはできない。また、歴史を変える事もできない。

 歴史は、多面的に見る必要があるかもしれない。

 そう言った視座を持っているからこそ、ようやく理解になるかも知れないが、いずれにせよユビキタス的な視座をひとりの人間が持つことなどできる筈がない。

 

唯一絶対の視座とは旧メディア時代

 唯一絶対の視座で物事を理解してきたのが旧メディア時代。横浜にとって、それはTBS時代。

 一神教的視座で物事を見ざる負えなかったテレビ時代のプロ野球。旧メディア時代のプロ野球。唯一絶対の読売球団。

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リアルからネットへの革新

 唯一絶対の視座で理解できることもあるが、それ以上に理解の難しいことが、より多くあったかも知れない。

 やはり、一神教的視座の軛から脱することが必要になる。

 ただ、そう言った旧メディア時代のプロ野球と苦楽をともにした者の想いを継承する必要がある。

 横浜ファンにとっては、それは「苦」でしか無いし、自由というものを感じた事がなかった。

 ただ、そう言った想いを秘めつつ強くあろうとする心を継承する必要がある。

 

復讐のために戦うのも違う

 新メディア球団であるからと古いモノを蹴散らすやり方は、個人的には好かない。

 DeNA球団が強くなり、たとえば盟主になる事があったとしても、弱小球団を蹂躙するやり方を許してはいけない。

 たとえ、それが読売相手だったとしても許してはいけない。

 ベイスターズと苦しい時代をともにしたからこそ、それを許してはいけない。

 それは、古参ファンの責務なのだろう。新参ファンを良い方向に導いてこそと考えるし、ましてや新たなファンをニワカと罵りふん反り返ってどうするのか。

 

DeNAも新規参入

 DeNAも新参者として球界で戦い続けて来たはずだ。

 そう言ったことをイメージができていれば、いかにニワカ批判が情けない事か気づけるかもしれない。

 それは、新規参入のDeNAを批判しているのとそう変わらない。

 新しい事に挑戦する者や、戦う者に敬意を払う。

 また、過去であったとしても、ともに戦った者にも敬意を払う。それは、スポーツマンシップとも言えるかも知れない。

 苦楽を共にした者が、今、失意の下にいるなら、想いを馳せてこその古参ファン。

 

村田修一が栃木で黙々とプレーを続けている

 

 最下位球団に在籍しながらも、2年連続ホームラン王を獲得するなど、よくも悪くも暗黒ベイスターズの象徴とも言える選手。

 過去に、読売巨人で優勝を経験するも支配下から外され、栃木のチームでプレーを続けている。

 再度、プロ野球の舞台でのプレーを希望し、黙々と日々汗を流している。

 村田も毀誉褒貶が激しい選手だった。悪評も事欠かない選手だった。それは、仕方がない事。

 プロ選手が批判にさらされる事くらい村田自身も最低限理解している筈だし、それも諦めている事だろう。

 

姿勢だけは示す必要がある

 2年連続でホームラン王を獲得した頃のような活躍はできないかも知れないが、示す必要がある。

 プロ復帰のためか?

 確かにそれもあるかも知れないが、違う。金銭的な事が問題になっているわけでもない。ただ、姿勢を示す必要がある。

 読売巨人移籍は、「優勝したい」が理由だった。

 確かに、アスリートとしての矜持というものがあるのだとすると、よりレベルの高いところで自分の可能性を試したいと思う心は、競技者としての無垢さ。

 結果として優勝なら、なおさら良いことなのだろう。

 アスリートは姿勢で示す必要がある。惰性ではダメだし、常に挑戦する心を示す必要がある。

 

村田にも家族がいる。妻もおり、息子もいる

 父親としてできる事があるのだとすると、甘い戯言を息子たちに語りかけることではない。

 どういう状況下であれ、言い訳することなく姿勢として示すこと。

 たとえ、読売球団所属時の高年俸ではなく、そう言ったモノで家族を幸せにできなかったとしても、姿勢で示す必要がある。

 栃木の地で世間から忘れ去られようとしても、黙々と続ける必要がある。

 それは、メディアのためでも世間のためでもない。プロ野球に復帰したいと言うのも自分の為ですらないかも知れない。

 

僕個人としては...

 僕個人としては、こういう選手とともに勝ちたいと考えている。

 「苦」しか、ともにできなかったが、古参ファンとして思うことは、こう言った選手と勝利したいという事。

 また、その先に優勝があるのなら、どれほど幸せなことか。

 たしかに“暗黒時代”ではあったが、村田修一は横浜ファンの希望でもあった。

 感謝と申し訳なさがある。僕が謝ったところで何の意味も持たないが、ただゴメンという気持ちしかない。

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